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あくしぇるかの一日 inウズベキスタン

青年海外協力隊として首都タシケントで活動していた助産師のブログ

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アラル海

今年もとうとう来ましたね~
日中の最高気温33℃ということで、日本的に言えば「夏」。
こっち的には、夏本番からはまだほど遠い感じですけどね


さて、先日。アラル海へボランティア仲間達と行ってきました。

タシケントからカラカルパクスタン共和国(ウズの中にある自治共和国)の首都ヌクスまで、
飛行機で約2時間。
ヌクスからは、車で約5時間でアラル海へ。

アラル海は年々、小さくなっている塩湖。
アムダリアとシルダリアという二つの川が流れ込んでいたけど、
1940年代の「自然改造計画」によって、川から運河へ水が流され、
周辺の土地で、灌漑方式による綿花栽培が積極的に進められました。

綿花の栽培には水がたくさんいること、
工事技術が不十分で、いわゆる運河の底が抜けていたこと、
必要のなくなった水を砂漠に捨てていたこと、等から川の流量が激減。

この結果、1960年代から急速にアラル海は縮小し、
これに関連する問題は「20世紀最大の環境破壊」と呼ばれています。
Wikipedia参照)

1960年と1970年
aral-8.jpg

1990年と2000年
aral-9.jpg

そして、2009年
aral-10.jpg


消えつつあるアラル海を見ておきたい。
そんなアラル海に触れておきたい。


砂漠の中を走り抜け、
aral-1.jpg

辿り着いたアラル海。
aral-2.jpg

水辺まで下りてみると、こんな感じで、
aral-3.jpg

干上がってきたアラル海を実感する。
aral-5.jpg aral-4.jpg

翌朝、アラル海から昇ってくる朝日。
aral-7.jpg

帰り道、ムイナックという町に寄りました。
元港町で、たくさんの魚が獲れて、魚の缶詰工場もあったところで、
資料館にある写真集からは、
当時のイキイキとした人々や栄えていた町の様子が伺えます。

今のムイナックは…船の墓場と呼ばれています。
aral-11.jpg

1960~1970年代、一晩で急速に水が引いていくため、
ある日突然、船が港に取り残される…ということが起こったそうです。

水がなくなっていく中で、この町の人は何を感じてきたのだろう?
怒り? 絶望? 諦め?
aral-12.jpg


こういうところに来ると、
自然が絶妙なバランスで成り立ってきたことを感じます。
人の身勝手な振る舞いによって、そのバランスが壊れ、
壊れた自然によって、人の生活が脅かされる。
そして、自然と共存する大切さに気付いた時には、もう取り返しがつかない。

aral-6.jpg

この景色を次の世代に残していくために、今出来ることは何だろう?

category: 派遣中:2012年上半期

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