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あくしぇるかの一日 inウズベキスタン

青年海外協力隊として首都タシケントで活動していた助産師のブログ

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二次試験

2010年春募集発表になりましたね。
合格された皆様、おめでとうございます。
今回は助産師さんの合格も多かったですね。
これから一緒に頑張っていきましょう!
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さて、試験の続きです。

二次試験は、JICA東京で職種別に日を割り当てられ、英語と面接です。
まず朝一に英語が行われ、
さぁこれからというのに、ただただテンションが下がる出来
その後は、午後の面接まで時間が経つのを待つのみでした。

面接は、人物面接と技術面接があり、
助産師の場合は両方合わせて15分位だったかな。
面接室に入ると、4人の面接官がおられました。

・自己紹介
・2年間という期間は短いと思いますが、
 その中であなたはどんなことができると思いますか。
・分娩介助数と、その数であなたはやろうとしていることができると思うか。
・前の職場を1年で辞めていたので、その理由。
・希望以外の要請に行きますか。

こんな感じだったでしょうか。
提出した書類に基づいて、なるほどピンポイントなことをついてきます。

きっと経験年数と過去の業務内容から
私ってものすごく出来るのよ!
私が行って改革してやるわ!
…みたいな人である可能性を試したんではなかろうか

確かに履歴書にすると、それなりにいろいろやってきましたが、
実際のところはそんなねぇ…
専門性のある職場に、新しいことを持ち込むことがどれだけ大変なことか。
ねぇ~ほんとに…

今までその方法で何も困らなかったことを、
エビデンスが明らかになったからといって、
「はい!そうですか」と変えることができる
柔軟性の高い職場なんて、そうそうありませんって。
ましてや、それが言葉も満足に使えない外国人ですもん

ということで、思ったことをなるべく簡潔に伝えたつもり。
そして、15時半くらいに解散となりました。


<番外編>
この試験会場で、たくさんの受験者が待ち続けることになるのですが、
職種別ではないので、どこに同業者がいるかわからない。
唯一の機会が面接試験室前の廊下の椅子
ここで、本当にいい出逢いをさせてもらいました。
こういうのを「ご縁がある」っていうんでしょうね。
面接前の緊張感あふれるはずの10分位の待ち時間で話するなんて、
今から思えばどうかと思うけど
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category: JOCV(応募)

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一次試験

そろそろ、2010年春募集の結果発表が近づいてきました。
きっとドキドキして待ってる人もいるのでしょうね
私も半年前は、数日前からなんとなく落ち着かない気分がしてたなぁ。

さて、ぼちぼち試験のことを思い出しておきたいと思います。


一次試験は、書類審査。
いつも自己推薦書みたいなのを書くと思うことだけど、
我ながら「ちょっと恥ずかしい」文章を書くことになりますね
自分をアピールしないと前に進まないけれど、
冷静に読むと、こんな立派な奴ではない…みたいな感じで。

ちなみに、要請は3つまで選ぶことができます。
でも、私はあるひとつの要請にこだわりました。

それは、その勤務先がBaby Friendly Hospital:BFHであったこと。
BFHとはWHO/UNICEFが「赤ちゃんにやさしい病院」として認定している、
「母乳育児を成功させるための10カ条」を長期にわたって尊守し、
実践している施設のこと。

母乳育児は今でこそ、積極的に進めていきましょうという風潮があるけど、
過去にはミルクでの授乳が好まれた時期がありました。
それは先進国だけでなく開発途上国にも広がり、
その結果、乳幼児死亡が激増してしまいました。
安全な水が手に入らない、十分な消毒ができない地域で、
感染予防効果の高い母乳よりもミルクが普及すれば当然のこととも言えます。

いろいろな対応策が世界的に進められましたが、
そのひとつとしてWHO/UNICEFが始めたのが
「赤ちゃんにやさしい病院運動(Baby Friendly Hospital Initiative:BFHI)」で、
それに認定された施設がBFHなのです。
ちなみに、日本では64施設(2010年8月)認定されています。

たくさんある助産師の仕事の中で、
なぜ授乳という場面にこだわるようになったのかという話はまたの機会においといて、
そんな施設で働いてみたいと思ったことこそが応募しようとした理由だから、
それには最後までこだわりたかった。

そんな思いで、作り上げた書類を勢いでポストに押し込んで…ではなかった、
消印締切日だったので、郵便局に持ち込んだのでした



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余談ですが、
最近、新聞の読者投稿欄に「母乳じゃないといけない」という社会的風潮があって、
母乳が出なくてミルク授乳をしている私はとても辛い気持ちを抱えているという
あるお母さんの投稿がありました。

もちろん母乳がさまざまな点で優れていることは明らかですが、
人それぞれ、身体的や社会的にいろんな事情を抱えていて、
母乳がいいのは分かっているけれど、うまくいかなくて
辛い気持を持たれているお母さん方がたくさんおられることも事実です。

この新聞投稿のお母さんに、いい出会いがあれば、
やりたいと思っていた母乳育児をすることができて、
辛い思いをしなくてもすんだのかもしれません。

でも、どんな授乳方法だったとしても、
それがその親子にとっての一番いい方法であるはずで、
そこには自信を持って子育てしてほしい。
一度しかない親子の大切な時間を辛いだけの時間にしないでほしい。

お母さんに接するすべての人たちが少しずつ思いやってあげたいですね。
子育てを、一人で孤立してがんばらないためにも。

category: JOCV(応募)

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受けてみようと思った時

自分自身の覚え書きの意味も込めて振り返ってみようと思います。

受けてみるか、と思ったのにはいくつかの理由があって…

一つは、多少の自暴自棄
あの頃、ただただ今の環境から逃げ出したいと思ってた。
逃げ出したいと思うくらいあの頃は精神的にしんどかった。
新しい環境に足を踏み入れることは、それはそれでしんどいこと。
でも、それがどんな状況にあったとしても、
あの悶々とした閉塞感よりはましなんじゃないかと。
さらに言えば、うまく行かないことを誰かのせいにして、
言い訳作って逃げてるんじゃないかとも思ったりした。
だから、自分を追い込んでしまえ!みたいな勢いで応募したと言えるかもしれません

二つ目に、JOCVに対する興味を持ってたことを思い出したこと
海外で働くという事に、助産学生時代にはなんとなく興味があって、
JOCVに漠然とした憧れみたいなものを持ってました。
ただ、実際に臨床に出て働くようになり、
自分の力量を自分自身で測れるようになると、
「開発途上国で、自分でなにかを切り開くなんてこと、絶対無理!自信ない!
だから、興味を持ってたということさえもすっかり忘れてました。

でもふと、フリーの助産師みたいななんとなく呑気な立場にいる今、
今後どこに向かうのかを考えると、少なくともこのままじゃいけない
だったら、敢えて今の自分の力はどこまで通用するのか、試してみたい。
自分の伸びしろを求めてみたい。
そこで、蘇ってきたのがJOCVの存在でした。

三つ目に、行ってみたいと思う要請に出会えたこと
2009年秋募集の助産師要請は21件(だったはず)
その内のある一つの要請にものすごく興味を惹かれました。

そんなこんなで、ものは試しっつうことで、
行きたいと思ったウズベキスタンの病院を一つだけ選んで応募してみたのでした。
第一希望だけの一つに賭けて、受かれば行く。
受からなければ縁がなかったとして諦める、ただそれだけのこと。


今となっては、よくまぁ行こうと思い切ったものね~と我ながら思います。
この歳になると、長年いろいろ抱え続けてるものもあるから、
冷静に状況をいっぱい考えたら、応募できなかったかも。
いろんなものがばしっと不思議と収まるタイミングってのがあるのかもしれませんね。

category: JOCV(応募)

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